高松高等裁判所 昭和62年(ネ)110号 判決 1988年3月31日
控訴人
西村観光有限会社
右代表者代表取締役
西村洪
控訴人
西村洪
被控訴人
松本泰雄こと
姜泰炳
右訴訟代理人弁護士
大島博
主文
一 原判決中、昭和五九年(ワ)第四号事件についての主文第一、二項を取り消す。
被控訴人の各請求を棄却する。
二 原判決中、同年(ワ)第七号についての主文を次のとおり変更する。
1 被控訴人から控訴人らに対する高知地方法務局所属公証人島内久志作成昭和五八年第五五三号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、一億六三〇〇万円及びこれに対する同年一二月二三日から昭和五九年三月三一日まで年一割五分、同年四月一日から支払ずみまで年三割の割合による金員を超える部分についてはこれを許さない。
2 控訴人らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を被控訴人、その余を控訴人らの負担とする。
四 本件について原裁判所が昭和五九年三月一日になした強制執行停止決定は、前記二の1で認容の限度において認可し、その余を取り消す。
五 前項に限り仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人の各請求を棄却する。
(三) 被控訴人から控訴人らに対する高知地方法務局所属公証人島内久志作成昭和五八年第五五三号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。
(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
二 当事者の主張
以下高知地方裁判所中村支部昭和五九年(ワ)第四号動産引渡等請求事件を甲事件・同支部同年(ワ)第七号請求異議事件を乙事件という。
1 甲事件について
(一) 被控訴人の請求原因
(1) 被控訴人は控訴人会社に対し、昭和五八年一二月二三日現在二億五〇〇〇万円の貸付金債権(以下「本件貸付金債権」という。)を有していた。ただし、現在は割引手形が決済され、原判決別紙債権目録記載のとおり一億六三〇〇万円に減少している。右債権は被控訴人が控訴人会社代理人和田成生(以下「和田」という。)を通じて控訴人会社の振出・裏書にかかる手形を担保に控訴人会社に貸し付けたものである。仮に和田に代理権がなかつたとしても、控訴人会社は和田に対し手形帳や代表者印を預け控訴人会社名義で手形の振出・裏書をする権限を与えていたから、民法一一〇条の表見代理が成立し、控訴人会社が借主となる。
(2) 控訴人会社は昭和五八年一二月二三日被控訴人に対し右債務二億五〇〇〇万円を負担していることを承認し昭和五九年三月三一日限りこれを弁済することを約するとともに、その担保として控訴人会社所有の原判決別紙物件目録記載の動産(以下「本件動産」という。)及び営業権(以下「本件営業権」という。)を被控訴人に譲渡し、同月二四日その趣旨の債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成されている(以下右譲渡担保契約を「本件譲渡担保契約」という。)。
(3) 控訴人会社は約定の弁済期日に前記債務の支払をしなかったので、本件動産及び営業権は確定的に被控訴人に帰属した。しかるに、控訴人会社はこれを争う。
(4) よって、被控訴人は、控訴人会社に対し本件動産の引渡を求めるとともに、控訴人会社との間において被控訴人が本件営業権を有することの確認を求める。
(二) 右請求原因に対する控訴人会社の認否
(1) 請求原因(1)の事実中、昭和五八年一二月二三日当時控訴人会社が被控訴人に対し、八〇〇万円の限度で債務を負担していたこと、被控訴人が控訴人会社振出又は裏書にかかる金額合計一億六三〇〇万円の手形を所持していることは認めるが、その余は否認する。
(2) 同(2)の事実中、被控訴人主張のような内容の本件公正証書が作成されていることは認めるが、その余は否認する。
(3) 同(3)の事実中、前段は否認する。
(三) 控訴人会社の抗弁
(1) 仮に控訴人会社が和田を代理人として本件譲渡担保契約を締結したとしても、本件譲渡担保契約は停止条件の不成就により失効した。その理由は次のとおりである。
(ア) 和田は昭和五八年一二月二二日当時、宿毛商銀信用組合(以下「宿毛商銀」という。)中村支店長であったが、同日控訴人会社経営のパチンコ店を訪れ、控訴人西村に対し「自分は控訴人会社の資金繰りのため同会社名義で振り出し又は裏書した手形により被控訴人から借り受けた債務の担保として同支店長名義で振り出した金額四五〇〇万円の小切手五通(以下「本件小切手」という。)金額合計二億二五〇〇万円を被控訴人に差し入れている。近く監査があるので被控訴人から右小切手を早急に取り戻す必要がある。ついては、右パチンコ店の営業設備及び営業権を代わりの担保として一時提供してくれ。」と懇願した。控訴人西村は本件小切手を取り戻すためには仕方がないと考え、和田の申出を承諾し、同人が持参していた白紙の委任状に署名押印して同人に渡した。
(イ) したがって、本件譲渡担保契約は被控訴人の本件小切手の返還を停止条件とするものであるところ、被控訴人は右小切手を他に取立に回し返還することが不能となり停止条件の不成就が確定したので、本件譲渡担保契約は効力を失った。
(2) 仮に本件譲渡担保契約が成立したとしても、控訴人会社は「民法五〇四条の規定によりて代位をなすべきもの」に該当するところ、被控訴人は宿毛商銀と和解し控訴人会社振出又は裏書の約束手形の担保として取得した本件小切手債権を放棄した。右放棄は「債権者が故意又は懈怠によりてその担保を喪失したとき」に該当する。控訴人会社は「その喪失により償還を受くること能はざるに至りたる限度」すなわち、本件貸付金債務全額につきその責任を免れる。
(3) 仮に右主張が認められないとしても、本件譲渡担保契約は被控訴人がその意思がないのに、本件小切手五通を返還することを条件として締結する旨控訴人らを欺き締結させたものである。控訴人らは昭和六二年六月二六日被控訴人に到達した準備書面をもって詐欺を理由として右契約を取り消す旨の意思表示をした。
(4) 仮に右主張が認められないときは、本件譲渡担保契約は本件動産及び営業権により優先的に弁済を受けたとき初めて本件小切手を返還する約定であったと解するほかないが、そうすると、右返還を前提として右契約を締結した控訴人らの意思表示にはその重要な部分に錯誤があるから、右契約は無効である。
(5) 仮に本件譲渡担保契約により本件動産及び営業権が譲渡されたとしても、右譲渡は営業の譲渡に当るから社員総会の決議を要する。本件では右決議を欠くから右契約は無効である。
(四) 抗弁に対する被控訴人の認否
(1) 抗弁(1)の事実中、被控訴人が本件小切手を取立に回したことは認めるが、その余は否認する。
本件譲渡担保契約の実行により被控訴人が債務の弁済を受けたとき本件小切手を返還する旨約したもので、右返還を停止条件として右契約を締結したものではない。
(2) 同(2)は争う。本件小切手は和田が権限を濫用して振り出した可能性が高く無効になるおそれもあるので、裁判所の勧告で和解したものであるから「債権者が故意又は懈怠によりて担保を喪失したとき」に当らない。
(3) 同(3)ないし(5)は争う。
2 乙事件について
(一) 控訴人らの請求原因
(1) 控訴人らと被控訴人との間に、被控訴人を債権者、控訴人会社を債務者、控訴人西村をその連帯保証人とする本件公正証書が存在する。
(2) 本件公正証書には、被控訴人は控訴人会社に対し、昭和五八年一二月二三日現在二億五〇〇〇万円、弁済期昭和五九年三月三一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の貸付金債権を有し、控訴人西村は右債務を連帯保証した旨の記載がある。
(3) しかし、控訴人らは右記載の債務を負担したことがないから、本件公正証書の執行力の排除を求める。
(二) 請求原因に対する認否
請求原因事実(1)、(2)の事実は認める。
(三) 被控訴人の抗弁
(1) 被控訴人は控訴人会社に対し、昭和五八年一二月二三日現在二億五〇〇〇万円の貸付金債権を有していた。控訴人会社は同日右債務を認め、控訴人西村は右債務につき連帯保証することを承諾し、本件公正証書の作成に必要な書類を被控訴人に交付してその作成を委託した。
(2) 被控訴人は右委託に基づき東野英晴を控訴人らの代理人に選任し、公証人に本件公正証書の作成を嘱託したのである。
(四) 抗弁に対する控訴人らの認否
抗弁事実は否認する。
三 証拠関係<省略>
理由
一甲事件について
1 控訴人会社と被控訴人との間に被控訴人主張のような内容の本件公正証書が作成されていることは、当事者間に争いがない。
2 <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 控訴人会社は昭和五六年ころよりパチンコ店を経営し、控訴人西村はその代表者である。控訴人会社は開店後間もなく宿毛商銀中村支店と金融取引を開始したが、控訴人西村は当時同支店長であった和田に控訴人会社の手形・小切手帳、ゴム印及び会社代表者の印を預け、和田がこれらを使用して控訴人会社名義で手形を振り出したり、黒原善彦・佐竹和雄ら振出名義の手形に裏書していた。当初、和田は必要な金額、枚数を控訴人西村に尋ねて手形を振り出し、同控訴人はこれを担保に他から融資を受けていたが、後には和田が控訴人西村に一々断ることなく控訴人会社名義で手形を振り出したり、裏書してこれを被控訴人方で割り引き、宿毛商銀の控訴人会社の預金口座へ入金して費消させたり、宿毛商銀が控訴人会社のため立替払した金員に充当したり、あるいは他の手形の決済に充てたりしていた。控訴人西村はこれを暗黙のうちに了承し、自らも被控訴人から手形貸付を受けていた。このようにして控訴人会社振出又は裏書の手形により控訴人会社が貸付を受けた金額合計は昭和五八年一二月ころには総額二億円近くに達した。そこで、被控訴人は和田に対し右貸付金に対する担保の提供を求めたところ、和田は同組合内部の所定の手続を経ず勝手に宿毛商銀中村支店長名義で金額各四五〇〇万円合計二億二五〇〇万円の本件小切手五通を振り出し被控訴人に交付した。
(二) ところが、間もなく宿毛商銀の監査が始まることになり、本件小切手を取り返しておかないと和田は職務違反を問われる事態となった。そこで、同人は昭和五八年一二月二三日ころ控訴人西村方を訪れ事情を話して本件小切手を取り返すため代わりの担保として控訴人会社経営のパチンコ店の営業設備及び営業権を一時被控訴人に譲渡担保として提供してもらいたい旨懇願した。控訴人西村はこれを承諾し和田が持参した公正証書作成嘱託の委任状用紙の抵当物件表示欄に「一、営業権譲渡(パチンコ店ラッキー)一、営業設備一式」と記載し、末尾の委任者欄に控訴人会社及び控訴人西村の記名又は署名押印をし、金額・受任者その他の欄は空白のまま和田に渡した。同人はその際、被担保債権額について説明をしていない。
(三) 和田は被控訴人に対し右委任状とともに控訴人らの印鑑の証明又は印鑑登録証明書を交付し、本件小切手の返還を求めたところ、松山にあるから後で返すということであった。被控訴人は右委任状の受任者欄に被控訴人の従業員東野英晴、金額欄に貸付金として二億五〇〇〇万円、債務者欄に控訴人会社、連帯保証人欄に控訴人西村その他の空白欄をそれぞれ記入して委任状を完成し、同年一二月二四日右東野とともに公証役場に出頭して公正証書の作成を嘱託し、これに基づき本件公正証書が作成された。なお、和田は同月二五日松山で被控訴人に会い本件小切手の返還を求めたが、被控訴人は債権の回収が難しくなると考え、これに応じなかった。
(四) 昭和五九年一月二六日被控訴人を債権者、宿毛商銀を債務者とする債権仮差押事件において宿毛商銀は被控訴人に対し和解金として四〇〇〇万円を支払う、被控訴人は宿毛商銀に対し本件小切手を交付し、宿毛商銀は被控訴人と控訴人会社との間の本件公正証書にかかる法律紛争の解決するまで本件小切手を被控訴人のため保管する等を内容とする和解が成立した。
右認定に反する原・当審証人和田成生の証言、原(第一、二回)・当審における被控訴人、原審における控訴人会社代表者各本人尋問の結果は採用の他の証拠に照らして措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
3 右認定事実によると、控訴人会社は代表者により直接、又は同人から手形貸付により融資を受ける包括的な代理権を与えられていた和田を通じて被控訴人より総額二億円に近い貸付を受けていたものであり、控訴人会社は当時の債務総額の担保として本件動産及び営業権につき本件公正証書記載のとおりの譲渡担保を設定したと認めるのが相当である。
4 そこで、右譲渡担保権の実行について判断する。
右譲渡担保権の被担保債権の弁済期が既に経過していることは明らかであり、その経過前に有効な弁済がなされた旨の主張立証は控訴人会社からなされていないから、被控訴人は右譲渡担保権の実行によって、本件動産及び営業権を確定的に自己に帰属させることができる。その場合、仮登記担保契約に関する法律二条は担保権の私的実行に関する一般共通準則として類推適用されると解するのが相当である。したがって、被控訴人は後記期間経過時における本件動産及び営業権を適正に評価した価額及び被担保債権の額等同法二条二項所定の事項を明らかにしたうえ、右価額が被担保債権の額等を超えるときはその額即ち清算金の見積額を控訴人会社に通知すれば、右通知到達後二月を経過したときに、本件動産及び営業権は確定的に被控訴人に移転の効力を生ずるものというべきである。
しかるところ、被控訴人は右譲渡担保権実行手続履践についての主張立証をしないから、本件動産及び営業権はいまだ確定的に被控訴人に帰属しておらず、したがって、控訴人会社に対し本件動産の引渡及び控訴人会社との間において本件営業権を被控訴人が有することの確認を求めるに由ないものというべきである。
5 そうすると、被控訴人の控訴人会社に対する本訴請求は、抗弁について判断に及ぶまでもなく、失当として棄却を免れない。
二乙事件について
1 同事件請求原因(1)(2)の各事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、抗弁について判断する。
本件公正証書が作成された経緯は、甲事件で認定したとおりである。
3 右事実によると、控訴人会社は昭和五八年一二月二三日当時被控訴人に対し総額二億円に近い貸付金債務を負担していたものであり、控訴人西村はその具体的金額について告げられていなかったものの、和田から右債務の担保として差し入れられていた本件小切手金額合計が二億二五〇〇万円であることを告げられていたから、右債務額がそれに近い金額であることを承知していたものと認められる。そして、控訴人西村は和田の依頼を承諾し本件小切手の代わりに控訴人会社所有の本件動産及び営業権を被控訴人に譲渡担保として提供し、かつ、公正証書作成嘱託の委任状用紙に控訴人会社及び控訴人西村の記名押印又は署名押印をしたものであるから、控訴人会社は前記債務を承認し、控訴人西村はその連帯保証を承諾したうえ、これを内容とする公正証書の作成嘱託を被控訴人に一任したもの、すなわち、受任者の選定、弁済方法等を決め、これに基づいて右委任状の所定欄に記入することも任せたものと認めるのが相当である。そうすると、右委任状の空白部分を補充のうえ、控訴人らの代理人として東野英晴を選任してなした本件公正証書作成の嘱託手続に瑕疵はない。もっとも、本件公正証書記載の債権額二億五〇〇〇万円は当時の実際の債権額と相違し、それより多額であること、前記被控訴人本人尋問の結果によると、これは将来の取引額を見込んで多くしたものであることが認められるが、そのために本件公正証書が無効となるものではなく、実際の債権額の限度で執行力を有するに止まるにすぎないと解される。
4 したがって、本件公正証書は有効に作成されたものというべきところ、前記被控訴人本人尋問の結果によると、前記債務額は手形決済により減少し現在一億六三〇〇万円にすぎないことが認められる。そうすると、本件公正証書は右金額及びこれに対する右公正証書記載の割合による利息・遅延損害金即ち昭和五八年一二月二三日から昭和五九年三月三一日まで年一割五分、同年四月一日から支払ずみまで年三割の割合による金員を超える部分についてはその執行力がないものというべきであるから、控訴人らの本訴請求は右部分の執行力の排除を求める限度でこれを認容し、その余を棄却すべきである。
三よって、原判決中甲事件に関する被控訴人の各請求を認容した部分は不当であるからこれを取り消して右請求を棄却し、右判断と一部異なる乙事件に関する部分は、その限度で不当であるから、これを右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、強制執行停止決定の認可・取消・仮執行宣言につき民事執行法三七条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官高田政彦 裁判官早井博昭 裁判官上野利隆)